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八戸日帰り、ポス活

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⚫︎八戸での代表デモ&おしゃべり会
昨日早起きして準備して新幹線に乗りました。
直前まで迷っていたんだけどやっぱり行こう!って思って。
あまりに久しぶり過ぎて、八戸駅ってどんなだったっけ…とか最初思い出せなかった。

⚫︎デモ
どのくらいひとが集まるのかなぁと半ば心配とも言える気持ちを持って。
結構たくさんの方がいてホッとしました。
自分が活動していた時、集客はいつも気が気じゃなかったから、その時の感覚がまだ残っているのかも。

なんでいるの?!って言われるの必須だったのでソーッと入ったつもりだったんだけど、本部のR氏から「(スタッフの皆さんに)地元だって説明しといたから!」と…バレバレでした。恥ずかしー。
みさおレッドウルフさんから反原発運動のお仲間さんを紹介いただいたりして感動した。みさおさん…初めて話した。おやさしい…!

⚫︎再会
Hさんがいらっしゃいました。びっくり。
15年以上前に脱原発運動に関わり始めた頃に知り合って、のちにアシスタント講師としてHさんとこの塾でアルバイトするようになって、それがきっかけで後に家庭教師となったという、お世話になった方でした。
東京で立候補したことは知ってたけど、まさか当選するとは思ってなかったと言われました。笑

その後、デモでチラシ配り中にまた別の知り合いに偶然会って、おしゃべり会にはやはりお世話になったNさんがいらして、きゃーってなりました。すごい。
「れいわ、面白いよね。」って。

⚫︎おしゃべり会
任地ではなくて実家地元の方で、れいわの現職議員として挨拶させていただく…多分今までにないことで…なんだか感動しちゃったなあ。
代表に感謝です。
あの頃の活動の先に、紆余曲折ありつつもこうして今、代表に出会ってれいわにたどり着いたんだなあーと思いました。

⚫︎311で一旦挫けた
実家の隣村の六ヶ所村で核燃料の再処理工場が試験稼働…反対派も賛成派もそのまま描いた映画「六ヶ所村ラプソディ」。
東京から実家に一旦戻ってその日に訪ねた花とハーブの里は、六ヶ所村ラプソディに出てきた、核燃料サイクル施設に頼らない村づくりを提唱する農園でした。
働き始めたものの2年で辞めて…311で決定的に挫けて…。
思えば阪神淡路大震災の時もすごい挫折感あった…タイミングなのか、大型災害にめっぽう弱いというか、ダメージを受けがち。

脱原発運動で出会う「ちゃんと考えている人々」…こういうところで出会えるんだと衝撃を受けたものでした。

⚫︎いのちを軽視する社会
自分が活動し続けることに挫けて、思ったのは「普通の人みたいに生きてみよう」ってことでした。
知らない方が幸せだったと(何度も)思うような社会的な問題は見ないことにして、日々自分の生活だけ、楽しみだけ、忙しいだけの日々。
それは無意識にも「いのちは特に大切なものではない(考え過ぎてめんどくさくてバカみたい)」という、自分のことで精一杯の人々の世界…それはそれでやってはいけるんだけど…。
なんというか、そういう時を過ごしてわかったことは、巡り巡って「私自身は特に大切なものではない(いのちに価値なんてない)」という、そういう寂しい虚しい社会でみんな生きているんだなってことでした。

私、空っぽだなあと感じていました。
もう、失うものなんてなんにもないしな、って。

⚫︎上京→れいわとの出会い
全てを活動に費やしたため経済状況は逼迫しており、その後2つも3つも仕事を掛け持ちしていました。
このままだと食べていけないという仕事の状況の変化なども相まって、野垂れ死覚悟での再び上京を決意。
年齢も年齢でしたが営業職でなんとかひとり分くらいなら暮らしていくことはできるようになり、ちょっと元気になってまたなにかやろうかなと思ったのが2022年。
年始にふと「今年はれいわとまーちゃんバンド、応援しようかな、」と思ってからも日は過ぎて、やっと代表の街宣を聞きに行ったのが7月になってから。
できる範囲で、と始めたボランティア活動の時間がだんだん増えて…その年の12月には地方自治体選挙の候補予定者として公認を受けていました。

代表の街宣のボラをよくやっていたのですが…衆議委員議員の議席を投げ打っての参議院選挙出馬、夏真っ盛りの選挙、すっごくキツそうに見えました。
「山本太郎は大丈夫、山添拓はあぶないから応援しよう!」というキャンペーン的なものがあったらしい…政治音痴の私は当時、そんなことも知らなかったんだけど。

⚫︎初対面の山本太郎代表
「え?こんなひとが芸能界なんてとこにいたの…??」びっくりするくらい純粋…というのが第一印象。
純粋というのは…スレてないとかそういう感じの意味で。

実はその前にも、仕事中に偶然、駅頭で街宣準備中の代表をお見かけしたことがありました。
セッティングをご自身でされていて、えー、部下というか、誰かにやらせっぱなしにしないで自分でやるんだ…と驚きました。
遠目にもシュッとされていてオーラがあってキラキラ、「やっぱり芸能人だなあ、」とか思ったように記憶しています。
吸い込まれたらいけないから、とその時は近づかなかったです。笑

⚫︎派遣社員から政治の世界に
派遣社員として、通信の営業職で働いていました。その会社ではもう6年目とかで、契約形態も無期雇用になっていた。
山本太郎代表との出会いは私にとって、大袈裟かもしれないけど「再生」の意味もあったのだろうと思います。
いのちを軽視する世界観を体験した後の生き直し、というような。
だからなんというか「恩人」だなという思いもあるのです。

それらエネルギーの素地は、竹内敏晴先生や鳥山敏子先生との出会いの中で既に育まれていたのでもありました。
…こんなことを振り返りながら最終の新幹線で帰京の途。

⚫︎ポス活
今日はなんだか力強いグループだったなあと感心。
私はルールを通達するやり方があまり好きではなくって、大体いつも必要最小限のことだけ伝える感じになってしまうのですが…今日は皆さんが自由に力を発揮されている感じがしてとてもよかったです。
力強かった。
感謝ですね…いろんなひとがいてくださるから可能性が広がる。

⚫︎今日の写真
八戸で、山本太郎代表と。
代表の圧巻のエネルギーに、いつも脱帽の思いです。
 
2024年06月10日 01:04

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